『忘れる』ということは
人が生きていくために必要なことだと思います
忘れるという行為は
過ちと捉えがちだけど
それだけとは限らない
頭の中を整理するため
的確な判断、行動を起こすため
必要な情報のみ脳内に配置して重要度の低い情報を排除する
最終決定を下す管理職の方
日々そんなシーンがあるのではないでしょうか
目の前の壁に立ち向かうため
ひと時忘れる
カラダを張って色々なことにチャレンジしている方
過去に襲われた恐怖
ちょっと失敗して負った傷の痛み
そのことで頭がいっぱいになってしまっていたら
足がすくんでしまいますよね
うっかり八兵衛
長沢もよくうっかりします
長沢のおばあちゃんが亡くなったとき
その直前まで長沢以外の家族が介護をしていた
長沢は忙しくて
なかなか なかなか なかなか…
赤ちゃん帰りしてしまったおばあちゃん
長沢が産まれたときには
当然
すでにおばあちゃんはおばあちゃんだったわけで
そのおばあちゃんが
幼い子どものように 無邪気だったり 激しく喜怒哀楽を繰り返すことを
どうしても受け入れられなかった
おばあちゃんに付きっきりの母
長沢は家事のサポートにまわっていた
母が限界に達したころ
「もういいよ」
言わんばかりの安らかな最期だったそうだ
想えば チヤホヤされるのが大好きだったおばあちゃん
大正、昭和と激動の時代を
縁の下の力持ちとして頑張ってきたおばあちゃん
今まで我慢した分のわがままを全部やり遂げて
満足してあの世に行ったのかもしれない
四十九日の法要が終わった頃
やっと家族が落ち着いた
長沢にやっと おばあちゃんにはもう会えないという寂しさがやってきた
『お別れの覚悟が出来ていたかったのは、おばあちゃんの介護を手伝わなかったから』
『たくさん構ってもらったのに、何もしてあげなかった』
罪の意識に襲われた
長沢はおばあちゃんのことを忘れることで、
吹っ切ってしまった
長沢が自分で着付けができるようになったことを
おばあちゃんは喜んでくれた
茶道も習った
お花や琴もおばあちゃんは長沢に習わせたかった
忘れることで自分を失うことなくいられた
だけど
おばあちゃんが教えてくれた沢山のことは忘れてはいけない
派手な花が好きだったおばあちゃん
お墓参りには花をいっぱい飾って
長沢が建てたお茶で 二人静を一緒に食べよう
忘れかけていた思い出
たくさん話そう
これからは何か報告することがあったら、一番に報告するね
長々書いてしまいましたが
人間の脳って実は凄いんです
日々 頭フル回転のようで
実際に使っているのは一部分だけ
記憶力もそうです
引き出しをうまく整理できれば
いらないときには収めておいて
必要な時にはすぐ取り出せる
前に進むため
やむなく奥にしまった記憶
忘れてしまったようで
実はしまったままなのです
時々 引き出しを開けて
虫干ししてあげましょう
何かの役にたつかもしれません